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レフ・ポントリャーギン その2 [人物]

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レフ・ポントリャーギン--------------------------------------

1908年9月3日 - 1988年5月3日
ロシアの数学者
1929年にモスクワ大学卒、1935年には物理・数学博士、教授、1938年には位相群論、連続群論を発表した。数々の数学的業績に対してレーニン賞、スターリン賞、ロバチェフスキー賞、ソビエト連邦国家賞、社会主義労働の英雄という称号などを授かった。
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片目の数学者というのはド・モルガンもそうだし、オイラーは最初は片目,のちには両眼が失明したが,若いときから盲いていた数学者というのは異色である。ポントリャーギンの失明したのは 14 歳,爆発事故が原因だった。それ以後、母のタチヤナが彼の眼となって,本を読んだり, ノートを作ったりしたという貧しい家庭でネップ時代,洋服の仕立てをしていたタチヤナは,農家出身でもちろん外国語を知らなかったのだが,息子に本を読んできかせるために学習したという。母も大変だったろうが,盲目の息子はそれ以上に大変だったろう、テンソル解析の公式の添字のツラナリまで覚えたという「抜群の記憶力」が伝えられてはいるが、それは天性のものというよりも盲目の代償に必要としたものだった。ところが,彼がモスクワ大学で学んだのは、II.C. アレクサンドロフについてであり,位相幾何を専攻したものである。それも,代数的色彩よりは幾何的色彩の強く感じられる学派としてであった。「ポントリャーギン面」といわれる奇妙な2次元図形があって,異種のポントリャーギン面の積を作ると,次元にならずに3次元になってしまう。 もっとも,それは, 次射影平面(円板の周を重に結んだようなもの)のシボリ模様を、無数のアバタとしてつけたようなもので,どうせ目があいていても3次元空間内において見ることもできないので、ポントリャーギンの数学的心眼の生みだした超現実世界といえるかもしれない。

一体,視覚の数学におよぼす影響はどういうものだろうか、形式型の数学者と図形型の数学者とがあっていっさい図を書かないで形式の機能的操作的側面にたよっている人もないではないが,たいていは図を書く、むしろ,普通の本には書きにくいような一種のマンガで数学を考えている人が多い。図のかき方に学派のクセがあって,図を見て数学者の経歴をあてる人まであるくらいだ。この点で,たしかにポントリャーギンの本は読みにくいことがないではない、手さぐりで壁づたいに歩いていくような論理のはこびのところがあって、普通なら,遠くを見わたしてから進むところを、近くを杖でたしかめながら順次に進む態度が強いので,少しやりきれない。そういったことが、証明の仕方や理論展開のクセとしてあるようなのだが、これは程度問題では数学者の個性かもしれず、両目のあいた数学者だってポントリャーギン以上に局所型の人もないわけではない。それに、形式型と図形型という分類でいえば、ポントリャーギンはどちらかというと図形型に属する。


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